兵庫大仏

今日はマニアックながら大仏知識満載でいきます。

日本人はどうも三大◯◯やら◯◯御三家というものが好きなようで、3大ギタリストだの大卒BIG3だの徳川御三家などまぁいろいろ呼ばれてますが。

大仏にも三大大仏てのがございます。
かの有名な奈良の大仏、鎌倉大仏は当然そこに含まれて、残る枠はあと1枠。

さて、そこに当てはまる大仏とはいったいなんぞという話。
答えは上に掲載している画像の大仏、『兵庫大仏』でございます。
その理由を解説します。

かつて三大大仏と呼ばれていた大仏


とはいえこの『三大大仏』という呼び名、何か決まり事があるわけではありません。
なので人によって三大大仏の定義なんてのはバラバラです。

まぁ奈良と鎌倉は文句なしとして、3つめは特に決まっていない、という状態なんです。空位です、空位。

高岡大仏や岐阜大仏、名古屋大仏なんかを最後の1枠に推す声もよく耳にしますが、なんにせよ満場一致でこれ、という大仏はない。

とはいえ、かつて三大大仏の1つと多くの人々に呼ばれていた大仏が兵庫県の兵庫大仏なのです。


かつての三大大仏の1つ、兵庫大仏を見る


兵庫駅から歩いて数分

家々の間からかろうじて頭が見えます。
こういう日常の中に潜む非日常が大好きです。


能福寺

さぁご対面!兵庫県能福寺の兵庫大仏でございます。

実は3年前にも訪れたんですが、参拝時間が過ぎちゃったので近づけませんでした。
今回、駅から走ってきたこともあってギリギリ間に合いました。
あの時間切れの悲劇から3年経ちましたが、今でもお慕いしております。


いい表情

ほぅ…なかなかにいいお顔。ちょっとヤンキーちっくではあるものの、イケメンですね。
像高11メートル、台座含めて18メートルと、大きさ的にも顔的にも奈良、鎌倉に匹敵する大仏です。


で、何故今は三大から外れてしまったのか


2代目兵庫大仏

実はこの兵庫大仏、2代目なのです!!!!!

建設年も平成3年、つまり1997年とやけに新しい。(げ、僕のが年上やんけ)
というわけでもうお分かりですね。
初代兵庫大仏こそが日本三大大仏の最後の1枠として、扱われていたのです。

親父のご尊顔は以下のリンクから。
幕末・明治期 日本古写真メタデータ・データベース-[レコードの表示]

お、親父結構…”珍”な姿だねぇ…


超えられぬ父の背中


兵庫大仏の顔アップ

1891年に建設され、日本三大大仏として明治から昭和の時代をブイブイ言わせていた初代兵庫大仏でしたが、戦争によってあえなく鉄の塊に戻されてしまいます。
新生大仏のときもそうでしたが、戦争によって溶かされてしまった大仏様は日本に多くあります。

人を救うために作られた大仏が、人を殺す道具に作り変えられるなんて皮肉な話ですね(キリッ


兵庫大仏の背中

偉大な父の後を受けて建設された兵庫大仏。
その若さ故に現在は日本三大大仏の看板を外されてしまったものの、いい大仏であることに変わりはありません。

なんか背中に引っかき傷みたいなのがあるけど変わりはありません。


兵庫大仏の螺髪

いわゆるパンチパーマと呼ばれる、大仏特有の螺髪も長く見てると気持ち悪くなるくらい際立っております。
ちなみにこの螺髪の渦巻きですが、中心から見て右巻きってのが一般的です。

しかーし名古屋大仏や鎌倉大仏なんかは左巻きだったりするんです。
なんでですかね?


正面から兵庫大仏

やんちゃそうだな~~。ま、がんばれよ。年上の俺もがんばってんだから。


兵庫大仏


公式サイト:なかったので公式観光サイト兵庫大佛 能福寺|神戸公式観光サイト FeelKOBE
住所:〒652-0837 兵庫県神戸市兵庫区北逆瀬川町1−39
電話番号:078-652-1715
場所:Googleマップで見る

営業時間:AM9:00~PM17:00(年中無休)
入場料:なし

備考:兵庫駅から近いので閉門時間ギリギリでも走れば間に合う

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